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約2年ほど前、鹿児島で焼酎を造るひとりの男から電話をもらいました。
「私、代表取締役社長を解任されたんです」
え?どういうこと?
電話をもらった時は、もう頭の中が真っ白になりました。
当時、「八千代伝」という名の芋焼酎を造る八千代伝酒造の代表取締役社長だった八木健太郎氏。
いきなりの解任劇。
私の頭の中は真っ白になってしまいました。
なぜそうなってしまったのか、八木健太郎氏も理由が分かりません。
彼が父にもう一度話をしたいといっても聞き入れてくれなかったようです。
確かあれは2年前の9月とか10月やったから、まさしく蔵では芋焼酎の造りの真っ最中。
八木健太郎氏は杜氏として現場で陣頭指揮を執っていた存在。
それが急な解任で、もう翌日からいきなり蔵に行くことも出来なくなってしまいました。
製造していた芋焼酎の仕込みも完全にストップ。
自分達で育てた芋やお米も収穫出来ず、とにかくなにもかもが止まってしまったんです。
八木健太郎には家族がいます。
奥様も一緒に蔵で八木健太郎をサポートしていました。
家族を支える為の職が、一瞬にしてすべて無くなってしまった。
理由が分からないままの解任。
もう私には意味が分かりません。
全く納得出来ず、私は八千代伝酒造に電話をし、どういうことなのか知りたい思いから彼の親父さんと話がしたいと懇願しました。で、実際に電話で話をしてみたものの、やはり蔵の事、親子の事である事も含めて、当店のような酒屋が立ち入る事はちょっと難しいなと。
八木健太郎が八千代伝酒造の社長であった時、彼は焼酎製造業と並行して、別会社「ケンファーム」を設立し、焼酎の原料であるサツマイモを使って、食べて美味しい焼き芋やジェラートなどを、農業から生まれる産物を伝える事業をする為の準備をしていました。
先ほどお伝えしましたとおり、彼には家族があります。
生活がある。
リアルにメシを食っていかないといけない。
働かなければいけない。
生活費を稼がなくてはいけない。
生きていかなければいけない。
立ち上げていた別会社「ケンファーム」の社長として、八木健太郎は誰もがついて行けないほどのスピード感で焼き芋・シェラーと事業を立ち上げたのです。
八木健太郎という男と初めて出会ったのは、2018年に京都で開催された焼酎イベントの時でした。
それまでいろんな人から、「鹿児島に凄い焼酎を造る男が存在する」と聞いてました。
その焼酎イベントのスタッフとして行く予定だったので、彼に会える事がめちゃくちゃ楽しみやったんです。
それから数年後、私は八千代伝酒造さんを訪問し、八木健太郎が作り上げる壮大な世界観をダイレクトに体感し、感動。
農業から生まれる焼酎の尊さ、そして、焼酎の原料である芋や米へのリスペクト、彼がこれから目指す方向性など、実際に会ってがっつり語り合い、そして当店は八木健太郎の造る焼酎の販売店としてスタートしました。
八木健太郎の造る焼酎を知って欲しくて、もう懸命に伝えまくりました。
1本の焼酎には、八木健太郎が存在してました。
お客さんが八千代伝酒造の焼酎を棚から取り、レジまで持ってきてくれた時には必ず八木健太郎の顔が浮かびました。
それくらい、私にとって「八千代伝」は「八木健太郎」だったんです。
農業に真剣に取り組み、出来上がった最高の原料を使って焼酎造りに邁進した結果、鹿児島県の鑑評会で前代未聞の2冠を獲得し、業界をザワつかせました。八木健太郎がやってきた道のり、考え、そのすべてが【間違っていなかった】と証明された瞬間でもあったのです。
【八木健太郎の解任劇詳細】https://shochu-next.com/article/18147
私から見た八木健太郎は、【ブレーキが付いていない、アクセルしか無い車に乗ってフルアクセルで突き進む】男。
とにかく自分の信じた道を貫き通す、凄まじい男なんです。
だからこそ、心配でした。
メールや電話で「たまにはブレーキ踏んでや」とか「無理したらあかんで」とか、必ず言ってたのを覚えてます。
八木健太郎が「ケンファーム」の実店舗をオープンさせたのを耳にして、すぐ飛行機のチケットを取って日帰りで鹿児島に行きました。八木健太郎に会いに行きました。
彼は疲れ切ってました。
そりゃそうです。
でも前を向いて進んでいかないといけない。
家族を養わなくてはいけない。
その使命感のみで、やはりフルアクセルでした。
意味の分からない解任劇。
八木健太郎のあの頃の心の中は、彼にしか分からない。
どれだけ私達が同情というか、気持ちに寄り添えたとしても、やはり彼にしか分からない。
私に出来る事って何かあるんやろうか?
八木健太郎が立ち上げた「ケンファーム」で製造販売している焼き芋を冷凍した「蜜滴焼き芋」を、少しでも早く、当店で販売する事だと思い、改めて取引を依頼。そして販売しまくりました。
焼酎を通して伝えていた八木健太郎を今は伝える事が出来ない。
でも、彼の心がバシッと入っている焼き芋を仕入れて販売することが出来る。
その時、「焼き芋を通して八木健太郎を伝える」という気持ち以上に、今から考えると余計なお世話だったかもしれませんが、「八木家が生きていく為の糧にしてもらう為に焼き芋を仕入れる」、それしか頭に浮かびませんでした。
焼き芋やジェラートを製造販売と並行して、彼は蒸留所を立ち上げる事に奮闘します。
日本酒と同じで、焼酎の製造免許も新しい枠で新規免許が下りる事は100%ない。
でも、ジンなどを造る為の【スピリッツ製造免許】なら取得が出来る。
それに向かって、クラウドファンディングを決行。
結果、とんでもなく多くの支援者に支えられて、何とか新しい蒸留所設立への道を閉ざす事なく突き進むステージが出来たのです。
八木健太郎は、数ヶ月に一度、必ず電話してくれました。
蒸留所立ち上げまでの現状報告をしてくれたんです。
電話の向こうからは、やっぱり彼が疲弊してるなっていうのも感じました。
でも、自分が目指す地点へ到達するまでの歩みは絶対に止めないという、相変わらずのフルアクセルでした。
ウチみたいな酒屋に出来る事は、彼が作る冷凍焼き芋を売り続ける事、そして、今後彼が造り出すであろう「八木健太郎の蒸留酒」をかどや酒店に並べて、もう一度、八木健太郎の蒸留酒を発信し続ける事。
そして2025年10月23日。
新規で付与される事がありえない、焼酎の製造免許が様々な人とのご縁の中で彼に付与されたんです。
八木健太郎は人を動かしました。
いや、彼が動かしたというよりも、八木健太郎の為に【人が動きたくなった】んだと思います。
八木健太郎がもう一度、焼酎業界で活躍する姿を見てみたい。
八木健太郎が作り上げる新たなる世界観を感じたい。
そう思う人たちが自ら【八木健太郎の為に動きたくなった】んだと思います。
2025年10月29日。
私は鹿児島にある、完成した八木健太郎の蔵に行ってきました。
待ち合わせ場所で久々に八木健太郎に会った時、失礼ながら私は彼にこう言ってしまいました。
「生きててよかった!おかえりなさい!」
とんでもない解任劇から2年。長いようで短すぎた2年。
たった2年でここまでやってのけることなんて不可能に近かったはず。
でも、やってのけました。
めちゃくちゃしんどかったと思います。
もしかしたら彼、死んでしまうんじゃないだろうか・・
正直私は、何度も何度もそう思ってしまいました。
結果、彼は生きててくれた。
本当に良かった。
社長を解任され、一度は何も無くなった瞬間があった。
そして、また焼酎業界に戻ってきた。
復活。
彼は不死鳥でした。
ここであえて言わせてください。
八木健太郎が、この2年間、フルアクセルで突っ走って来れたのは、八木健太郎の奥様の存在がとんでもなく大きい。
彼を信じ、寄り添い、支え、共に走り抜けたこの2年間。
私なんかが想像するレベルでないくらいの壮絶さだったと思います。
奥様の存在無くして今の【八木健太郎】は語れない。
八木健太郎と話をしている時、度々言ってました。
「妻のおかげです。妻の存在なくして今は無い」と。
蔵訪問した当日、彼はこの蒸留所が完成するまでの経緯を教えてくれました。
その経緯すべてがもう、ミラクルしかありません。
八木健太郎以外出来なかった事であることは間違いない。
八木健太郎は何度も何度も同じ言葉を繰り返してました。
「私はこれから、今まで支えてくれた人たちに恩返しをする為に生きていく」と。
2025年11月1日。
八木健太郎は新たなる蒸留所を稼働させました。
八木健太郎の焼酎造り、復活です。
鹿児島県牛根地区にある、廃校になった中学校の体育館を活用して完成させた仕込み蔵に明かりが灯りました。
廃校となった中学校にも新たなる命が宿った瞬間です。
米や芋を蒸している時の蒸気が体育館から立ち上がります。
そう、完全復活なんです。
・・・長文になってごめんなさい。
まだまだ伝えたい事があります。
ここには書けない事がまだまだたくさんあります。
社長を解任された時、既に立ち上げていた別会社「ケンファーム株式会社」は、社名を変更して「健土株式会社 牛ノ根蒸留所」と名付けられました。
そして同時に、八木健太郎の次なるステージから生まれる代表銘柄も「健土(けんど)」に決定。
八木健太郎、またフルアクセルで突っ走るんやろうなー。
無理だけしたらあかんでって、きっといろんな人に言われてるやろうなー。
でもやっぱりフルアクセルなんやろうなー(笑)
私は八木健太郎を、これからも追いかけていきます。
皆さんに紹介です。
不死鳥の如く蘇り、復活を遂げた八木健太郎率いる「健土 牛ノ根蒸留所」から、3種のファーストボトルが出荷となります。
最初で最後、今後2度とリリースされることのない「生涯一度きり」のファーストボトルです。
これはまさしく【健土 牛ノ根蒸留所の記念ボトル】となります。
全量化粧箱入り。
この3種のファーストボトルリリースの後、来年以降になる予定ですが、カジュアルな価格帯にて代表ブランド「健土」がデビューする予定になっております。
当店オンラインショップにて、3種のファーストボトルの予約受付を開始しております。
3種のファーストボトルをコンプリートした時に「ひとつの繋がるアート」が登場するという、ちょっとした遊び心もあります。(3種ご予約の場合はすべての商品が揃った後に当店より発送いたします)
【健土 牛ノ根蒸留所ファーストボトル予約受付】https://kadoya-sake.ocnk.net/product-list/147
本当に長文になってしまいました。
失礼しましたー。
八木健太郎!
本当におめでとうございます!!
そして、おかえりなさい!

